なぜ最初の会社を畳んだのか

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資金計画の甘さが招いた撤退の全記録

第0章・話4|はじめに


数字で話す。

失敗談は、感情で語られることが多い。「あのとき辛かった」「信じていた仲間に裏切られた」「市場のタイミングが悪かった」。そういう語り方には、共感は生まれやすい。でも学びは生まれにくい。

今回は感情を脇に置いて、数字で語る。いつ、何が、どれだけ狂ったのか。兆候は何週前に出ていたのか。あのとき何を知っていれば、判断が変わっていたのか。

これは私が最初に立ち上げた会社の話だ。飲食店2店舗を運営していた。事業の詳細はぼかすが、数字は実態に近い形で再現する。同じ失敗を、あなたがしないために。


会社のプロフィール

創業から撤退まで、約20ヶ月。

1店舗目を立ち上げてから約8ヶ月後に2店舗目を出店した。月商は2店舗合計で最大800万円まで伸びた。チームは私を含めて11人。正社員3人、アルバイト7人という構成だった。

外から見れば「勢いのある創業期」に映っていたと思う。

2店舗目を出した直後は、来客数も好調だった。SNSでの評判も悪くなく、予約が入るようになってきた手応えもあった。投資家への相談も始めていた。

でも会社の内側では、別の現実が進行していた。


月商800万円の会社が抱えていたリアル

月商800万円と書いた。

ここで問いたい。月商800万円の飲食2店舗の、月次のキャッシュアウトはいくらだったか。

答えは、月900万円だった。

内訳はこうだ。

費目 月額
役員報酬80万円
人件費(正社員3名+アルバイト7名)280万円
食材・仕入れ原価(売上の約35%) 245万円
家賃・共益費(2店舗) 130万円
水道光熱費(2店舗) 45万円
消耗品・備品・修繕費 30万円
広告・販促費 50万円
その他(交通・交際・リース等) 40万円
合計 900万円

月次ネットバーン(キャッシュアウト-キャッシュイン)は、毎月100万円のマイナスだった。

創業時に手元にあった資金は約1,500万円。自己資金800万円と、親族からの借入700万円だ。単純計算で、ランウェイは約15ヶ月。2店舗目を出した時点で、すでにランウェイは8ヶ月を切っていた。

私はこの計算を、していなかった。


「していなかった」の意味

正確に言えば、「やろうとしていた」。

創業当初、エクセルで資金繰り表を作ろうとしたことがある。でも途中で「まず店を回すことが優先」と判断し、後回しにした。その「後回し」が、一度も解消されないまま時間が過ぎた。

毎月の口座残高は確認していた。「まだある」と思っていた。でも「いつなくなるか」は、一度も正確に計算していなかった。

これが「資金計画の甘さ」の正体だ。

お金がないことは知っていた。でも「いつなくなるか」が見えていなかった。見えていないから、危機感が現実の速度に追いつかなかった。

飲食業の怖さは、固定費の重さにある。家賃は売上ゼロでも毎月130万円出ていく。アルバイトのシフトを大幅に削っても、正社員の人件費は動かない。光熱費は店を開けている限りかかり続ける。

「月商800万円」という数字だけ見れば、それなりに稼いでいるように見える。でも飲食業の現実は、その数字の裏に「ほぼ同額の固定費と変動費が張り付いている」ということだ。


兆候は16週前にあった

撤退を決断したのは、創業から18ヶ月目だった。

では最初の兆候はいつだったか。後から振り返ると、16週前にはすでに出ていた。

その兆候は3つだ。

兆候①:2店舗目の客単価が計画を下回った

出店前の計画では、2店舗目の客単価を3,200円と見込んでいた。ところが実際に蓋を開けると、3ヶ月平均で2,600円にとどまった。1日の来客数が50人なら、1日あたりの売上差は3万円。月に換算すると約90万円の計画未達だ。

この数字を見たとき、私は「まだオープンして間もないから」と判断した。「3ヶ月後には上がる」と根拠なく信じた。

兆候②:食材原価率が想定を超えた

計画では食材原価率を30%に設定していた。ところが2店舗目のオペレーションが安定していなかったため、廃棄ロスと仕入れの非効率が重なり、実際の原価率は35〜38%で推移した。

月商800万円に対して原価率が5%悪化すると、それだけで月40万円のキャッシュが余計に出ていく。年間では480万円だ。

兆候③:1店舗目の常連客の来店頻度が落ちた

2店舗目の立ち上げに集中するあまり、1店舗目へのオペレーション管理が手薄になった期間があった。常連客の来店頻度が目に見えて落ちていた。当時の売上データで見ると、1店舗目の月商が14ヶ月目から16ヶ月目にかけて約80万円落ちていた。


この3つが重なった時期に、私が取ったアクションは何か。

3店舗目の物件を探していた。

今思えば、信じられない。でもそれが現実だった。目の前で進行しているキャッシュの消耗に向き合うよりも、「拡大」という「希望のある仕事」に逃げ込んでいた。

数字が見えていないと、人はこうなる。危機を「一時的なもの」と解釈し、手を打つ判断が遅れ続ける。


「赤信号」を見た週

創業から17ヶ月目の月曜日。

口座残高を見た。残高は約360万円だった。月次バーンは100万円。単純計算で、残り3.5ヶ月分しかなかった。

そこで初めて、「本当にまずい」という認識が体に入ってきた。

遅すぎた。

もし13週CFを作っていたなら、この「赤信号」は16週前に見えていた。赤く表示される週が画面の中にあり、「この週に手を打たなければ終わる」という現実が数字として存在していた。

数字が見えていれば、行動が変わる。

たとえば、16週前に兆候を捉えていれば何ができたか。

広告・販促費を50万円から20万円に絞れば、月30万円のキャッシュを確保できた。食材仕入れの見直しと廃棄ロス対策を徹底すれば、原価率を35%から32%に戻せた可能性がある。月商800万円なら、3%改善で月24万円のインパクトだ。JFCへの相談を16週前に始めていれば、運転資金の融資実行が間に合っていた可能性がある。1店舗目のオペレーション立て直しに集中して常連客を取り戻せば、月80万円の売上を守れた。

これらを全部やらなくていい。どれか一つでも実行していれば、ランウェイは4〜5ヶ月延びていた。その時間があれば、結果は違っていたかもしれない。

でも私には、その時間を作る「仕組み」がなかった。


撤退を決めた週の会議

創業から18ヶ月目、木曜日の午後。

スタッフ10人を集めた。残高は約240万円。このままでは、今月の給与を払えばキャッシュは100万円を切る。翌月の家賃2店舗分130万円を払えば、完全にゼロになる。

私は数字を見せながら、現状を説明した。

「このまま続けることはできない。2店舗ともいったん閉める」

誰も怒らなかった。でも部屋の空気が、ゆっくりと抜けていくのを感じた。

アルバイトで3年一緒にやってきたスタッフが、「もっと早く言ってほしかったです。何かできたかもしれない」と言った。

その言葉が、今でも残っている。


あの会議で気づいた「もう一つの失敗」

資金計画の甘さが主因だった。それは間違いない。

でも撤退の会議でもう一つ気づいたことがある。

スタッフの誰も、会社の財務状況をリアルタイムで知らなかったということだ。

私は「心配をかけたくない」という理由で、財務の現実をスタッフに共有していなかった。毎月の売上は共有していたが、キャッシュの残高や月次バーンは「経営者だけが知る情報」として抱えていた。

もしスタッフが財務状況を知っていたなら、何が変わっていたか。

仕込みの担当者は「廃棄ロスを減らす工夫を先にもっと積極的にできた」と言った。ホールのベテランスタッフは「常連さんへの声かけをもっと意識できた。リピートを増やす動き方があった」と言った。ある正社員は「給与を数ヶ月待てたし、コスト削減のアイデアを出せた」とも言った。

情報を抱え込むことで、私はチーム全員の知恵と行動力を封じていた。

飲食業は、現場のスタッフが直接キャッシュを生む仕事だ。彼らが「会社の今の状況」を知って動けば、経営者一人では到底届かないところまで手が届く。それを私は、「心配をかけたくない」という一言で塞いでいた。

これが「自他同然」の原理の反対側にある失敗だ。自分だけが知っている情報は、組織の判断を鈍らせる。


2つの失敗が教えてくれたこと

最初の会社から私が学んだ失敗は、結局この2つに集約される。

失敗その1:資金を絶やさない「仕組み」を持っていなかった。

13週CFがなかった。ランウェイを計算していなかった。原価率・客単価・来客数という早期警戒の指標を持っていなかった。危機が来る前に手を打てる設計が、何もなかった。

失敗その2:財務の現実をチームと共有していなかった。

「心配をかけたくない」という理由で情報を抱え込んだ。結果として、現場スタッフの判断力と行動力を活かせなかった。孤独な経営者が一人で壁にぶつかっていた。

この2つが、この連載を貫く2つの原理の「反面教師」だ。

資金を絶やさない設計。自他同然を制度として埋め込む。

どちらも、「知っていたら良かった」ではなく、「仕組みとして動いていなければ意味がない」という話だ。


今日やること(チェックリスト)

□ 自社の「月次ネットバーン」を計算した
  (キャッシュアウト合計 − キャッシュイン合計)

□ 自社の「ランウェイ」を計算した
  (現預金 ÷ 月次ネットバーン)

□ 「チームは自社の財務状況をどこまで知っているか」を
  自問して、正直に現状を紙に書き出した

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月次ネットバーンとランウェイを計算することで、自社が「今どこにいるか」が初めて見える。今日の段階では、この数字が良くても悪くても構わない。まず「見える状態」を作ることが目的だ。


次回(第0章・話5)では、この失敗の後に来た「次の事業」の話をする。バイアウトに至るまで何が変わったのか。2つの原理をどう実装したのか。失敗は終点ではなく、より正確な地図を手に入れるための経験だった。

数字から目を逸らすことは、現実から目を逸らすことだ。

見えていれば、動ける。今日、まず見る。

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