お金を「受け取る器」を先に作る
第0章・話15|はじめに
到達目標:資金調達の「前」に何を整えるべきかを、優先順位つきで理解する。 今日やること:調達前チェックリスト5項目のうち、未完了のものを1つ特定する。 必要ツール:13週CF、固定費一覧、事業計画の下書き。
「お金が足りない。調達しなければ。」
この思考回路は、自然だ。でも、危険でもある。
なぜか。お金を調達する「前」に、お金を受け取る器を作っておかなければ、調達したお金は穴の開いたバケツに注ぐ水と同じだからだ。
調達したお金が、どう使われるかわからない。 固定費がいくらかも把握されていない。 ランウェイの計算もできていない。
この状態で調達すると、お金は数ヶ月で消える。そして「また足りない」という状態に戻る。
今回は、資金調達の前に絶対に整えるべき5つのことを解説する。
この5つが揃っていれば、調達したお金は「穴の開いたバケツ」ではなく「水を貯められる器」に注がれる。
なぜ「器」が先なのか
水を注ぐ前に、器を用意する。
これは当たり前のことに聞こえる。でも資金調達の文脈では、多くの創業者がこれを逆にする。
「まず調達して、その後で使い方を考えよう」
この順番が、調達後の失敗を生む。
私が見てきた中で、調達後に苦しんでいる会社には共通点がある。調達前に「器」を作っていなかったことだ。
お金が入ってきた瞬間、使い方が曖昧になる。採用を急ぐ。広告費を増やす。オフィスを借りる。どれも「成長のため」という名目で支出される。でも、その支出が本当に必要だったかを検証する仕組みがない。
気づいたときには、調達した1,000万円が半年で消えている。
逆に、器を先に作っている会社は、調達後も安定している。
13週CFがあるから、調達したお金がどの週に使われるかが見える。固定費と変動費が分離されているから、どこまで固定費を増やしていいかの判断ができる。月次レビューがあるから、計画と実績の乖離を毎月確認できる。
調達は「ゴール」ではない。調達は「手段」だ。そして手段を活かすためには、先に器を作る。
1つ目:13週キャッシュフローが動いている
調達前に絶対に必要な器の1つ目は、13週CFが動いていることだ。
「動いている」とは、週次で更新されている状態を指す。
作っただけではダメだ。先月作って、そのまま放置されている13週CFは、器として機能しない。
なぜか。調達したお金を「どの週に」「いくら」使うかが見えないからだ。
13週CFが週次で更新されていれば、調達後のシミュレーションができる。
「JFCから500万円が8週目に入金される。この500万円を、製品開発費200万円、マーケ費150万円、運転資金150万円に配分すると、13週目の残高はこうなる」
こういう計算が、リアルタイムでできる。
調達前にこのシミュレーションをしておくことで、「いくら調達すべきか」の精度が上がる。
私が貿易事業でコロナ禍を乗り越えられたのも、13週CFが毎週動いていたからだ。売上がゼロになった週も、更新を止めなかった。更新し続けることで、「あと8週間で残高がゼロになる」という現実が見えた。だから役員報酬をゼロにして就職する判断が、タイミングよく下せた。
今日やること: 13週CFを開き、先週の実績を反映させる。入金・出金・残高を更新する。この作業を「週次の習慣」として固定する。
2つ目:固定費と変動費が分離されている
2つ目の器は、固定費と変動費の分離だ。
調達したお金を使って、固定費を増やすのか、変動費を増やすのか。この判断ができていないと、調達後に苦しむ。
固定費は、売上に関係なく毎月出ていく。人件費、家賃、リース料、サブスクリプション。
変動費は、売上に応じて増減する。仕入れ、広告費、外注費。
固定費を増やす判断は、慎重にすべきだ。一度増やすと、簡単には減らせない。正社員を雇えば、毎月給与が発生する。オフィスを借りれば、毎月家賃が発生する。
変動費は、柔軟に調整できる。広告費は、効果が出なければ翌月から削れる。外注費は、案件がなければ発生しない。
調達前に、固定費と変動費の一覧を作っておく。そして「調達後にどの固定費を増やすか」を事前に決めておく。
私が現在の4社を運営しているとき、固定費をほぼゼロにしている理由もここにある。固定費が軽ければ、売上が落ちても会社は続く。固定費が重ければ、少しの売上減で資金ショートする。
今日やること: 自社の費用を「固定費」と「変動費」に分類する。固定費の合計を計算し、「売上ゼロでも毎月これだけ出る」という金額を確認する。
3つ目:調達資金の使い道が3つに分解されている
3つ目の器は、調達資金の使い道が具体的に分解されていることだ。
「500万円調達する」ではなく、「500万円を、製品開発200万円、マーケ150万円、運転資金150万円に使う」と分解する。
この分解ができていないと、調達後に「なんとなく」使われる。
分解する軸は、第4章で詳しく解説する「三本柱」が基本になる。
製品・サービス開発:プロダクトを改善するための投資。エンジニア採用、ツール費用、設備投資など。
マーケティング・営業:顧客を獲得するための投資。広告費、営業人件費、イベント出展費など。
人材・組織:チームを強化するための投資。採用費、研修費、福利厚生など。
この3つに分解したうえで、さらに「いつ使うか」を週単位で落とし込む。
「製品開発200万円のうち、1〜4週目にエンジニア採用費80万円、5〜8週目にツール費用60万円、9〜13週目に設備投資60万円」
ここまで分解できていれば、調達後に「計画通りに使えているか」を毎週確認できる。
今日やること: 調達予定の金額を、製品・マーケ・人材の3つに分解する。それぞれの金額を書き出す。
4つ目:ランウェイ延長の計算ができている
4つ目の器は、調達によってランウェイがどれだけ延びるかの計算だ。
現在のランウェイが6ヶ月。500万円調達したら、ランウェイは何ヶ月になるか。
この計算ができていないと、「いくら調達すべきか」の判断ができない。
計算式はシンプルだ。
調達後のランウェイ = (現預金 + 調達額)÷ 月次ネットバーン
たとえば、現預金が300万円、月次バーンが100万円、調達額が500万円なら、
(300万円 + 500万円)÷ 100万円 = 8ヶ月
調達前のランウェイ3ヶ月が、調達後に8ヶ月になる。
ただし、ここで注意が必要だ。調達後に固定費を増やす計画があるなら、月次バーンも増える。
正社員を1名追加すれば、月次バーンは+30万円。オフィスを借りれば+10万円。
調達額500万円、固定費増加で月次バーンが100万円から140万円になるなら、
(300万円 + 500万円)÷ 140万円 = 5.7ヶ月
調達前の3ヶ月が、5.7ヶ月にしか延びない。
この計算を事前にしておくことで、「500万円では足りない。800万円必要だ」という判断ができる。
今日やること: 現在のランウェイを計算する(現預金 ÷ 月次バーン)。調達予定額を加えた場合のランウェイを計算する。固定費増加を見込んだ場合の調達後ランウェイも計算する。
5つ目:調達先の選択肢が比較されている
5つ目の器は、調達先の選択肢を比較していることだ。
資金調達には、いくつかの選択肢がある。
JFC(日本政策金融公庫)、エンジェル投資家、VC(ベンチャーキャピタル)、銀行融資、補助金・助成金。
それぞれに、メリットとデメリットがある。
JFCは、創業間もない会社でも借りやすいが、金額の上限がある。エンジェルは、柔軟だが、株式を渡す必要がある。VCは、大きな金額を調達できるが、成長プレッシャーがかかる。
調達前に、この選択肢を比較しておく。
「今の自社には、どの選択肢が最適か」を判断するための比較表を作る。
| 調達先 | 金額 | 返済 | 株式希薄化 | 審査期間 | 適合性 |
|---|---|---|---|---|---|
| JFC | 300〜1,000万円 | あり | なし | 1〜2ヶ月 | ◎ |
| エンジェル | 100〜500万円 | なし | あり | 1週間〜1ヶ月 | △ |
| VC | 3,000万円〜 | なし | あり | 2〜3ヶ月 | × |
この比較表を作ることで、「まずJFCに申請して、足りなければエンジェルに相談する」という戦略が立てられる。
調達先を比較せずに「とりあえずVCに会いに行く」という判断をすると、時間を無駄にする。VCは、年商1億円未満の会社にはほぼ投資しない。その現実を知らずに営業資料を作っても、結果は出ない。
今日やること: 調達先の選択肢(JFC・エンジェル・VC・銀行・補助金)を書き出す。それぞれのメリット・デメリットを1行ずつ書く。自社に最適な選択肢を1つ選ぶ。
調達前チェックリスト
5つの器が揃っているかを確認する。
□ 13週CFが週次で更新されている
□ 固定費と変動費が分離され、
固定費合計が把握されている
□ 調達資金の使い道が、製品・マーケ・人材の
3つに分解されている
□ 調達後のランウェイが計算されている
(固定費増加も考慮)
□ 調達先の選択肢が比較され、
最適な1つが選ばれている
この5つすべてにチェックが入ったとき、「お金を受け取る器」が完成している。
この状態で調達すれば、調達したお金は無駄にならない。
今日やること(チェックリスト)
□ 上記5つのチェックリストを実行し、
「NO」の項目を洗い出した
□ 「NO」の項目のうち、
最も優先すべき1つを特定した
□ その1つを「今週中に完了させる」と決め、
作業時間をカレンダーにブロックした
調達は急ぎたくなる。「今すぐお金が必要だ」という焦りがある。でもその焦りに負けて、器を作らずに調達すると、調達後にもっと苦しむ。
器を先に作る。それが、調達を成功させる最短ルートだ。
次回(第0章・話16)では、「なぜスタートアップには『失敗の記録』が必要なのか」を解説する。多くの経営者は成功体験を語りたがる。でも失敗の記録こそが、次の成功確率を上げる最強の資産だ。その記録の取り方を、具体的に届ける。
調達は手段。器は前提。前提がなければ、手段は機能しない。


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