経営の軸はどう変わるか
第0章・話28|はじめに
到達目標:「自他同然」の理念が経営判断にどう影響するかを理解し、自社の判断基準を見直す。 今日やること:直近1ヶ月の経営判断を1つ振り返り、「自他同然」の視点で再評価する。 必要ツール:紙とペン、直近の経営会議議事メモ。
「関わるすべての人の幸せを増やす」
この理念を掲げる会社は多い。
でも、この理念を本気で経営の軸にすると、判断が変わる。優先順位が変わる。結果が変わる。
今回は、「自他同然」という理念を経営の軸にすると、何がどう変わるのかを具体例とともに解説する。
理念は、看板ではない。判断基準だ。
「自他同然」とは何か
まず、定義を明確にする。
自他同然: 自分も他者も同じように大切にする
「自分だけ」でもなく、「他者だけ」でもなく、「自分も他者も」だ。
この理念が経営に与える影響は、3つの場面で顕著に現れる。
場面1:コロナ禍での支払い判断
話5で書いたが、コロナ禍で私の貿易事業の売上はゼロになった。
そのとき、外注先への支払いをどうするか、という判断があった。
「自分だけ」の判断
売上がゼロなら、外注先への支払いを止める。または後ろ倒しにする。
「こちらも苦しいから、支払いを待ってほしい」と伝える。短期的には、会社のキャッシュが守られる。
「自他同然」の判断
外注先も、コロナで苦しんでいる。支払いを止めれば、外注先の資金繰りが厳しくなる。
だから、支払い条件は守る。その代わり、自分の役員報酬をゼロにして、大手宅配会社に就職する。
結果:
- 短期的には、自分の収入がゼロになった(苦しかった)
- 長期的には、外注先との信頼関係が深まった
- コロナが明けたとき、外注先が最優先で案件を回してくれた
自他同然の判断は、短期で苦しく、長期で楽になる。
場面2:財務情報の開示判断
現在の4社では、月次の財務結果を全社に公開している。
売上、固定費、残高、ランウェイ。すべてをオープンにしている。
「自分だけ」の判断
財務情報は、経営者だけが知っていればいい。
社員に共有すると、不安を与える。残高が少ないと知れば、辞めてしまうかもしれない。だから、隠す。
「自他同然」の判断
財務情報を隠すことは、社員を「情報弱者」にすることだ。
会社の状況を知らないまま働かされるのは、自分だったら嫌だ。だから、社員にも共有する。
結果:
- 最初は抵抗があった(本当に開示して大丈夫か?)
- 開示したことで、社員が「会社のために何ができるか」を考えるようになった
- 外注先も、月次結果を知ることで、繁閑に合わせた稼働調整を提案してくれた
自他同然の判断は、情報の非対称性を減らし、協力の質を上げる。
場面3:採用時の説明判断
財務コンサル・CFO代行の会社で採用をするとき、面接の最初に自社の財務数字を見せる。
売上、固定費、ランウェイ、リスク登録票。すべてを候補者に開示する。
「自分だけ」の判断
採用のときは、会社の良い面だけを見せる。
「順調に成長しています」「資金も潤沢です」と伝える。候補者を安心させて、入社してもらう。
「自他同然」の判断
入社後に「こんなはずじゃなかった」と思わせるのは、候補者にとって不幸だ。
だから、面接の段階で現実を見せる。「今の状況はこうです。リスクもあります。それでも一緒にやりたいですか?」と聞く。
結果:
- 一部の候補者は、辞退した(それでいい)
- 入社した人は、現実を知った上で選んでいるので、定着率が高い
- 「こんなに正直な会社、初めてです」と言ってもらえた
自他同然の判断は、短期的な採用数を減らすが、長期的な定着率を上げる。
自他同然が経営判断に与える3つの影響
3つの場面を見てきた。
自他同然を経営の軸にすると、判断に3つの共通点が生まれる。
影響1:短期の苦を選び、長期の楽を得る
自他同然の判断は、短期的には苦しい選択になることが多い。
- 支払いを守る → 自分の収入がゼロになる
- 財務を開示する → 不安を与えるリスクがある
- 採用で現実を見せる → 辞退者が増える
でも、長期的には楽になる。信頼が生まれ、協力が生まれ、定着が生まれる。
自分だけの判断は、短期で楽だが、長期で苦しくなる。
影響2:透明性が判断の基準になる
自他同然を実践するには、透明性が必要だ。
情報を隠して「他者を大切にする」ことはできない。情報を開示して初めて、他者は自分で判断できる。
- 外注先に会社の状況を伝える
- 社員に財務数字を共有する
- 候補者に現実を見せる
透明性が、判断の基準になる。
影響3:「win-win」を探す習慣が生まれる
自他同然の判断は、「自分だけが得する」選択肢を排除する。
常に「自分も得して、相手も得する」選択肢を探すようになる。
- 支払いを守りつつ、自分の収入源を確保する(就職)
- 財務を開示しつつ、社員の不安を和らげる仕組みを作る(月次レビューでの対話)
- 現実を見せつつ、候補者が納得できる魅力を伝える
win-winを探す習慣が、創造的な解決策を生む。
自他同然を「仕組み」に落とした5つの実例
話24で「仕組みに落とす」ことの重要性を書いた。
自他同然も、仕組みに落とさなければ機能しない。私が実践している5つの仕組みを紹介する。
仕組み1:月次財務の全社公開(48時間ルール)
月次レビューが終わったら、48時間以内に議事メモを全社Slackに投稿する。
売上、固定費、残高、ランウェイ、次の一手。すべてを記録して共有する。
経営者の「気分」に依存させない。仕組みとして自動化する。
仕組み2:外注先への支払条件の明文化
すべての外注先との契約書に、支払条件を明記する。
- 請求書受領後、何営業日以内に支払うか
- 支払方法
- 遅延した場合の連絡方法
言葉ではなく、契約書として残す。
仕組み3:採用時の財務開示テンプレート
面接のときに見せる「会社の現状」テンプレートを作っている。
- 今月の売上
- 固定費
- ランウェイ
- 主要なリスク
- 今後の計画
このテンプレートを、すべての候補者に見せる。属人化させない。
仕組み4:支出承認プロセスの可視化
すべての支出を、Googleスプレッドシートに記録する。
日付、項目、金額、承認者、目的。全員が閲覧できる。
誰が何にいくら使ったかが、透明になる。
仕組み5:経営判断の理由を記録
経営会議の議事メモテンプレートに、「判断理由」欄を設ける。
「広告費を削減する」という判断だけでなく、「CPAが悪化しているため」という理由も記録する。
理由を記録することで、判断の背景が共有される。
自他同然が「利益」を生む構造
「自他同然って、きれいごとでは?」と思う人がいるかもしれない。
逆だ。自他同然は、長期的な利益を生む戦略だ。
構造1:信頼が取引コストを下げる
外注先との信頼関係があれば、細かい契約交渉が不要になる。
「いつもの条件で」「わかりました」で終わる。交渉コストがゼロになる。
構造2:透明性が採用コストを下げる
財務を開示している会社は、候補者から信頼される。
「この会社は隠さない」という評判が立つ。リファラル採用が増える。採用広告費が減る。
構造3:定着率が教育コストを下げる
現実を知った上で入社した社員は、辞めにくい。
「こんなはずじゃなかった」というギャップがないから、定着率が高い。採用・教育を繰り返すコストが減る。
構造4:協力が売上を上げる
社員が会社の財務状況を知っていれば、「売上を上げるために自分は何ができるか」を考える。
外注先も、繁閑を理解して稼働を調整してくれる。協力の質が上がり、売上が伸びる。
自他同然は、短期的にはコストに見える。でも長期的には、利益を生む投資だ。
今日やること(チェックリスト)
□ 直近1ヶ月の経営判断を1つ振り返った
□ その判断が「自分だけの判断」だったか
「自他同然の判断」だったかを評価した
□ もし「自分だけの判断」だった場合、
「自他同然ならどう判断するか」を書き出した
□ その判断を、来週実行するかどうかを決めた
4つ目が、理念を行動に変える。
次回(第0章・話29)では、「創業者が最初に陥る『孤独』の罠」を解説する。仲間・メンター・コミュニティの作り方を、具体的に届ける。
自他同然は、きれいごとではない。長期的な利益を生む、戦略的な判断基準だ。


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