これは後悔ではない。現実的な検証だ
正直に言います。
私は今でも、
「あの時、止まれていたらどうなっていただろうか」
と考えることがあります。
でもそれは、
感傷的な後悔ではありません。
経営者としての検証です。
止まれていたら、会社は必ず助かったのか?
まず、はっきりさせておきます。
止まれていたからといって、
必ず成功していたとは限りません。
会社は生き物です。
外部環境も、タイミングもあります。
でも、
「選択肢」は確実に増えていました。
これは断言できます。
① 資金が尽きる前に、冷静な選択ができていた
あの時、止まれていたら
私はまず「時間」を取り戻せていました。
資金が尽きる直前の私は、
判断基準がこれだけでした。
・今日をどう乗り切るか
・今月をどう払うか
これでは、
経営判断ではなく延命処置です。
止まれていれば、
・事業の縮小
・撤退の判断
・条件交渉
・再設計
これらを
冷静に考える余白がありました。
② 人を守る形が、まったく違っていた
一番悔いが残るのは、
「人」です。
止まれなかった私は、
最後まで「大丈夫な社長」を演じました。
でも結果的に、
それは誰も守れていなかった。
止まれていたら、
・もっと早く状況を共有できた
・選択肢を一緒に考えられた
・突然終わらせずに済んだ
これは、
今でも強く思います。
③ 自分自身が、あそこまで壊れなかった
資金が尽きる直前、
私はもう「経営者」ではありませんでした。
・常に不安
・常に恐怖
・常に孤独
思考は鈍り、
判断は遅れ、
自信は消えていた。
止まれていたら、
ここまで自分を追い込むことはなかった。
これは、
その後の人生にも大きく影響しました。
④ 「失敗の質」が、まったく違っていた
これは重要な視点です。
会社は潰れたとしても、
失敗には種類があります。
・考え抜いた末の撤退
・準備した上での終了
・次に活かせる失敗
と
・追い込まれてからの崩壊
・選択肢のない倒産
・心が折れる失敗
この差は、
想像以上に大きい。
止まれていれば、
私は前者を選べていました。
⑤ 次の一歩を、もっと早く踏み出せていた
実際、私はその後
再び起業しています。
でも、
立ち直るまでに
時間がかかりました。
なぜか。
「やり切った失敗」ではなく
「止まれなかった失敗」だったからです。
止まれていたら、
回復はもっと早かった。
これは、
起業家として非常に重要な差です。
それでも、私は過去を否定しない
ここまで書いておいて
矛盾するようですが、
私は、
過去の自分を否定していません。
あの時の私は、
必死だった。
怖かった。
孤独だった。
でも、逃げてはいなかった。
だから、
後悔ではなく
学びとして言語化しています。
このブログを、今まさに迷っている人へ
もし今あなたが、
・止まった方がいい気がしている
・でも止まれない
・まだ何とかなると思っている
そんな状態なら、
この問いを自分に投げてください。
「今止まったら、何が守れるか?」
多くの場合、
止まることで失うものより
守れるものの方が多い。
止まることは、逃げではない
起業家は、
走ることばかり評価されます。
でも、
本当に難しいのは
止まる判断です。
止まるには、
勇気が要る。
覚悟が要る。
現実を見る力が要る。
私は、
それができなかった。
だからこそ、
今ははっきり言えます。
もしあの時、止まれていたら
会社の形は
変わっていたかもしれない。
でも、
失ったものは
もっと少なかった。
そして、
次に進む力は
もっと残っていた。
次回予告
次は、
「それでも私が、もう一度起業した理由」
を書きます。
なぜ、
また同じ世界に戻ってきたのか。
止まれなかった過去は変えられない。
でも、
止まれる未来は、今ここから作れる。
このnoteが、
誰かの「正しい停止ボタン」になれば、
それ以上の意味はありません。


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